マレー半島きたみなみ その3

 午後11時、ようやく着いたタンピンの駅で僕が何をしたかというと、湿ったTシャツやらトランクスやらハーフパンツを取り出し、ベンチに干すことだった。これには説明がいる。


 旅先では観光名所を制覇しようとあれこれ詰め込んでしまうものだが、灼熱の太陽はそんな前向きさなどあえなく溶かしてしまう。行きの飛行機でガイドブックにつけた付箋は存在意義を失い、街を歩くのは朝のうちと日が暮れてから。日中は宿に戻ってシャワーを浴び、乾いたシャツに着替えてコーラ片手(イスラム圏なので税率が凄いためか国内生産量が少ないのか、ビールはびっくりするほど高い)に、クーラーの効いた部屋で昼寝をする以上の喜びがあるだろうか。

 ここで問題がある。リゾートに長期滞在するタイプの旅行ならスーツケースに山ほど着替えを詰めていけばいい(でもひとりでリゾートに行くか?)。周遊型でも高級ホテルを泊まり歩くならランドリーサービスを頼めばいい。問題は今回のように、バックパッカーマレー半島を北から南へ縦断する場合である。


 僕の予算で選べるのは千円札1〜2枚ほどで泊まれるような安宿なので、ランドリーサービスはあったりなかったりのバクチである。あいにく首都クアラルンプール滞在でチャイナタウンの片隅に見つけたホステルには、そんな気の利いたものはなかった。

 すでに残りの着替えはゼロ(そもそも2セットしか持たないのだ)、おまけに次の晩は夜行移動なので洗濯不可。ここに到っては、自力で洗うほかない。冒険家・石川直樹の本のタイトルに「全ての装備を知恵に置き換えること」というのがあるけどまさにその通りで、シャワールームの床に洗濯物を放り出し、ビニールに入れた粉石けんをふりかけ、超原始的な「足踏み式洗濯」に勤しんだ。

 一仕事終えて見回すと、この部屋には窓がなかった。(早く気づけよ!)下界とのつながりは液晶のテレビ(これもアンテナ線がつながってなくて、手作業で接続すると1チャンネルだけ映った)のみで、いくらテレビが世界の窓がわりといっても洗濯物は干せない。あきらめて、持参したビニール紐を室内にはりめぐらせ運動会の万国旗のようにTシャツやらを吊るしたのだが、いくら熱帯とはいえコンクリートの密室では乾くものも乾かなかった。


 というわけで、一日湿った洗濯物で重いリュックを背負い、深夜になってようやく駅のベンチに干していると、インド系の青年がやってきて「何をしているのか」と訊ねる。彼の故郷はジョホールだが、こちらの学校に通っているのだという。「下手な英語ですみません」いや、僕のは言語とすらいえないくらいなので…「トーキョーはとても便利な街だし、ニホンは文化も産業も進んでいて尊敬します」いや、駅で洗濯物を干すようなのが日本人で申し訳ない…恥ずかしさを救うのように珍しく時間通りやってきた列車に乗り込むと、疲れきってすぐ眠った。シンガポールまではおよそ7時間。