思い出のサンフランシスコ、とは言うけれど


 「まさに傷心旅行ですね」なんてからかわれながら、9月頭に一週間ほどサンフランシスコへの旅に出た。「正しい男はいつも傷を負ってるのさ。それが疼くか疼かないかだけでね」と自分でもよくわからない答えを返しながら、土産話を続けようとして考えこんでしまう。旅の思い出を語りにくい街なのだ。
 滞在の日々がつまらなかった訳ではない。むしろ楽しくて仕方ない街だ。かつて世界最長の吊り橋だったゴールデンゲート・ブリッジを渡れば壮大さに息をのむし、獄門島として知られるアルカトラズ島へのフェリー・ツアーは観光案内が行き届いている。サンフランシスコ・ジャイアンツの本拠地AT&Tパークで潮風にさらされながら大リーグを観戦すればボールがミットに入る音まで聞こえるほどの臨場感に野球の面白さを思い出す。散歩すれば丘と海の街なので高台から美しい風景を眼にするだろう。

 地下鉄、路面電車、バスなど公共交通も整備されているから移動に困ることもない。夏の気温は日本より10度低いので、霧の出た朝など涼しいどころか寒いほどだ。アメリカ滞在で悩まされる食事にしたって、都心からほど近いチャイナタウンとリトル・イタリーに足を伸ばせばいいだけだ。
 訪ねた人はこの街を好きにならずにいられないだろう。もちろん、実際に住んでみればそれなりに文句を言いたくなる(家賃が高いとか)のだろうけど、たとえ数日しか滞在しない観光客であってもその片鱗を見せない街というのは珍しい。中国なんて10分いれば100くらいクレームをつけたくなる。

 サンフランシスコのシンボルが、丘を登るケーブルカーだ。どれも1両編成で満車が続くから乗るのに待たされるし、1回乗るだけで5ドルも取られるため客は乗り放題の切符を持った観光客ばかり。それでもケーブルカーだから線路の下にはケーブルが張り巡らされており、道を渡るときなど足元で滑車の回るカラカラという音は、街が脈打っているようだ。ノブヒルのケーブルカー博物館を訪ねれば、強力なモーターと巨大な車輪で3路線分のケーブルを動かしている迫力に圧倒されるだろう。こちらは街の心臓と言えるだろうか。
 そんなサンフランシスコだが、全てを捨てて住み着くほどの愛情を抱けるかというと、そうではないのが不思議である。いい人だけど恋愛対象にならない奴みたいなものか。ニューヨークのような大都市の怖さや醜さは感じないし、それでいて都会の便利さを味わえる快適な場所なのだけど、その欠点のなさがどこか物足りない。
 『地球の歩き方』に「おもな見どころは1〜2日で回れる」とあるが、逆説的に言えば「旅人は長いこといても仕方ないですよ」ということだ。異国を探検するスリルには乏しい。

 だから観るところを観たら、何をしようか迷ってしまう。湾岸のフィッシャマンズワーフ辺りをぶらぶらしていた僕は、倉庫に掲げられた看板に目をとめた。「MUSEE MECANIQUE」入ってみると、中には機械仕掛けの人形や野球盤、ピンボール、パラパラ写真といったアンティークなゲーム機が百台以上揃っている。プライベートなコレクションというのだからすごい。入場無料で、ほとんどの機械は25セントなのだから、その気になればいくらでも時間をつぶせるだろう。古き良きアメリカに思いをはせながら、だらだらと懐かしいゲームに興じる、これがサンフランシスコにおける上等な時間の使い方だと思う。
MUSEE MECANIQUE http://www.museemechanique.org/

ブックブックこんにちは「その64 サンフランシスコで会った二人(前編)」 もよろしければどうぞ。