どん平日和

 意外と早く仕事が終わってしまったのだけど、まっすぐ帰るのがイヤでぶらぶらしていたら、学生のころ住んでいた早稲田南町に出た。夜中に課題で出された短編が書けなくてさまようように歩いた漱石公園に立つ。いま思えばあの頃はノイローゼ気味だったけど、自分のなかのイヤな感じを原稿用紙にぶつけようとしてもがいていたのが懐かしい。結局はまあ何の形にもならなかったし、終わったことだからよく見えるんだろうけど。かつて住んでいた6畳風呂なしの貸し部屋に寄ったら、誰だかしらないが明かりがついていた。


 お酒がほしくなったので、大隈通りの「どん平」という飲み屋に入る。学生街のど真ん中にあるのに騒々しさとは無縁で、飲み相手の少なかった僕がよく通っていたお店だ。カウンターには男の二人客が二組いるだけで、ぼーっと「西遊記」なんて見ていると、おばちゃんが「久しぶりのモツ煮の味はいかがですか」と言ったのでびっくりした。半年は訪れてないはずなのに、よく覚えているものだ。
 よく見るとおばちゃんがすっかり若返っている。尋ねると「ほんと久しぶりに美容室に行ったんですよ」と。ジャガイモの味を活かしたポテトサラダも、手間をかけ網で焼いてくれるおにぎりもおいしい。お酒にすっかり弱くなったらしく、ホッピーたった三杯でなにもかも忘れてすっかりいい気持ちになった。


 というわけで、どん平を出てからはどう帰ったか覚えていない。ただ東西線の電車で会社の人に目撃されていて、「昨日は傘を酔っぱらい持ち(傘の先を手にして、柄の部分を肩にかける)してましたね」と言われてしまった。よっぽどダメなサラリーマンだったんだろうなぁ…(´・ω・`)