藤田嗣治

 代休を頂いて、国立近代美術館の藤田嗣治展を見に行く。藤田はネコや裸婦の絵を中心として女性に人気あるので、わざわざ土休日を避けたのだが、それでも会場内の混雑はひどかった。


 絵画に興味ない僕がなぜ足を運んだかというと、近藤史人著「藤田嗣治 『異邦人』の生涯」(講談社)を読んでいたからだ。若くしてパリに渡り、第一次大戦後の狂乱の時代、世界の画壇に名をとどろかせたが、国内の評価は低く、第二次大戦後日本に見切りをつけフランスで客死した画家の生涯を、時代や戦争の問題を絡めながら書ききった傑作ノンフィクションだ。親本は実家にあるけど、絵を見たらまた読みたくなって文庫版を買ってしまった。

藤田嗣治「異邦人」の生涯 (講談社文庫)

藤田嗣治「異邦人」の生涯 (講談社文庫)

 火野葦平が『土と兵隊』を書いたように、藤田は「アッツ島玉砕」などの戦争画を描き、戦後責任を追及される。それがもとで国を捨てることになるのだが、いや、会場で現物と向き合って、言葉がない。折り重なる屍の上で、とどめを刺そうとする兵士と最後の叫びをあげる兵士。人間とは思えない地獄絵図、しかしそれは人間の極限であり、絵の前で立ちつくしていたら意識が危なくなった。
 戦争翼賛とか戦争反対とか、そういった次元の話ではなく、人間がなぜ存在しているのか存在しなければならないのか、一人の天才が全ての才能を出し切って描いた作品だ。周囲から指弾された戦争画がその画家の最高傑作になるという皮肉。


 美術に関心がない人(僕だってそうです)も、一連の戦争画だけは絶対に見ておくべきです。僕も時間をとってまた見に行くつもりです。時間があえばご一緒にぜひ。