閣下ゴメンナサイ!

 時計をみると8時半だ。マズイ、閣下との約束に遅れてしまう!
 書類をほうり投げ、パソコンを落とし、あわてて会社を出た。
 閣下とは大学の同期で僕と同じく業界の隅に籍を置くKくんのことだ。僕なんかは怒った時にパーっと騒いですぐ忘れるタイプだが、閣下は静かに憤りをたぎらせるタイプで、一部方面で大変畏れられている。そんな閣下との約束に遅れたらと考えるだけで、僕のような小心者は震えが止まらない。(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
 思いが通じたのか地下鉄の階段を下りると電車が入ってきた。もう大丈夫だ。「9時中野」の約束には間に合うだろう、とポケットに手をやると、携帯がない。会社に忘れたらしい。取りに戻る時間はないし、電波の鎖から外れるのもいいだろうと思っているうちに中野駅の南口についた。8時55分。


 ところが10分待っても閣下は現れない。連絡をしようにも携帯がない。
 悪いコトは重なるもので、今年の手帳には閣下の電話番号を書いていたのだが、12月1日から来年の手帳を持ち歩いている。気が早いでしょう。どーだ!
 などといばっている場合ではない。
 売店で買った缶のおしるこを飲みながら、昔の人は偉かったと思う。携帯がなかったころは、相手が遅れればその分じっと待っていたんだもんな。帰ろうにもあと1分待てば来るかもしれないなんて考えたら、ずっと居残ってしまうんだろう。僕なんかはあこがれのあの娘にデートの約束を取りつけてもすっぽかされて、平気で3時間ぐらい待ちぼうけするタイプですな。( ´∀`)
 駅の伝言板も最近みかけなくなった。伝言残すよりはメール打った方が確実だし。


 北風が弱い腰と膝を痛めつける。20分が経過した。お汁粉を買った売店のおばちゃんが「金曜の夜に待ちぼうけを食らった寂しい男」という眼でこっちをみている。酔っぱらいが近づいて、目の前で吐瀉していく。師走の夜だ。
 人間というのは正当化をしたがる生き物で「遅れた閣下が悪い」と思おうにも、やっぱり「携帯を忘れた自分が悪い」になってしまう。責任転嫁できないのは、精神衛生上ひじょうによろしくない。
 30分が過ぎた。閣下に何がおきたのだろうか。
 あきらめて家に向かい、昔の手帳を取り出す。公衆電話をさがして、閣下に電話。
「どうしたんだよー」
「え?」
「俺、ずっと北口にいたのに」
 し、しまったー。駅の両側で待ってたわけか…。_| ̄|○
 史上最悪に不機嫌そうな閣下の声。とりあえず待ち合わせ場所を指定して電話を切る。

 僕に明日はあるのか?