3年目の五月病

 3年目だというのに五月病にかかったのか、だらだら残業するばかりで仕事の調子があがらない。僕の場合は、下に元気のいい新人たちが入ってきて、彼らに教えていると自分がなかなか出来なかったことをすいすい飲み込んでいくのを見て、なんて自分は覚えが悪かったんだろう(最初の3か月なんて書店さんでまともな話が出来なかったんだから)、と情けなくなるのだ。ついでに出来のいい新人に嫉妬している自分に気づいたりして、ますます自己嫌悪に陥ってしまう。そんな最近、よく聞いているCDがある。柳家喬太郎の「喬太郎落語秘宝館2」に収められている「結石移動症」という噺だ。
http://www.wazaogi.jp/productlist/kyotaro.html

 池袋北口にあるマズイ洋食屋を舞台にした人情話。口が悪いマスターのケンちゃんは、近所のソープランド舞姫」へ出前に行くたび悪態をついているが、風俗店だからといって差別も軽蔑もすることなく、お店の人たちに愛されている。そんなある日、ケンちゃんは「結石移動症」という奇病で寝込んでしまう。すると家を出ていた息子が結婚するつもりの女性を連れて帰ってきた。が、その娘は「舞姫」でなじみのソープ嬢だった…。

 繁華街池袋、大きな駅の駅前なんですが商店街があって、そこはいまだに普通に八百屋があったりパン屋があったり、町の人たちが普通に生きている息吹がします。もちろん風俗もたくさんございます。安いソープもあれば、ヘルスもある。人妻クラブ、イメクラ……(略)そんな町なんですが、小学校もあって、そこが通学路になっていて、子どもたちはランドセルをしょって普通に歩いている。町の人たちも平気で生活している。オフィスもあって、日々ビジネスマンも仕事をしている。

 高校のころは北口のロマンス通り(すげえ名前だ)で飲み食いすることがあったし、大学に入ってからは外れにあるバーへ行く機会が度々あって、なじみの町だ。歓楽街と風俗街と商店街と住宅街が煮込まれた、独特の雰囲気が好きなんです。丸の内や霞ヶ関や何たらヒルズのようなオフィス街で働かず、世田谷のような高級住宅地に住む育ちのいい人間と肌が合わない一方、ゴミゴミしたところで育ち、住み、働いている人間と気が合うのは、自分がスナックの2Fで生まれたことに関係があるのかもしれない。だから声がでかいし、いつもうるさい訳ですね。すいません。

 いががわしいところには何かパワーが、くすんだパワーがあるでしょ。そういうのが嫌いじゃないんでございます。

 まったくその通りだ。考えてみれば大学も会社も今のすみかも、くすんだパワーのあふれる場所を選んだ気がする。だって、ブロードウェイとキャバ通りの街・中野ですよ。
 ソープ嬢だった過去を結婚相手である息子に隠していたことを咎めて、ケンちゃんがする説教が実にいい。

 これから長いぞ、夫婦は。何十年も一緒にいるんだ。些細なことも大きなことも、二人で乗り越えていくんだよ。はじめっからそんなことでもって……。それとも何か。ケンちゃんはお父さんみたいに優しい人だから、隠しておいてくれると思った? そういう了見が気にいらねえんだよ。ソープあがりだからじゃねえよ。そういう了見の女だから、太郎の嫁に、させたくねえんだよ。

 噺の終盤「ハインズ、温めろ」は何度聞き直しても泣いてしまう。そんなに肩肘張らずに生きててもええじゃないか、と慰められる。さんざん笑って最後に泣いて、疲れた人にお勧めする一枚です。