多島斗志之特集

 こんな巧い作家を読まずに生きてきたなんて、
 猛烈に反省。(北上次郎風)
 知的好奇心を刺激し、なおかつ物語の面白さを静かに伝える、大人のための小説群。気分や雰囲気だけで書かれた感想文とはレベルが違う。でも創元推理文庫の「コレクション」は3巻でお終いみたいで残念です。ま、おかげでうちにもチャンスが……ふっふっふ(´ー`)y-~~(なにか企んでいる)

症例A (角川文庫)

症例A (角川文庫)

 精神科医の榊が受け持ったのは亜佐美という17歳の少女。彼女の奔放な言動に戸惑いながらも、榊は彼女の奥に潜む病理を解きあかそうともがく。一方、上野の博物館に学芸員として勤務する瑶子は、父に送られた一通の古い手紙をきっかけに、博物館がひた隠す秘密の存在に気づき調べを進める。二つの謎が絡み合ったとき、衝撃的な事実が明らかになり…
 一歩間違えれば「トンデモ本」になりかねない精神病の世界を、緻密な調査と丹念な筆遣いで描いた著者に脱帽。人間の心がいかに複雑な構造を持っていて、それが壊れたときにどう向き合えばいいのか? 

「ちょっと傘をさしかけるつもりが、嵐になって、すっかり嫌気がさして、彼女たちを見捨てるようなことはなさいませんか? そんなことになるくらいなら、初めから彼女たちに関わらないでいてやってほしいんです。ほっといてやってほしいんです」

 大切な人が精神を病んだとき、どれほどの覚悟で病気とつきあえるだろうか。誠実ゆえに振り回され、自身も傷つく榊の姿を、他人事とは思わずにいたい。評価★★★★☆

離愁 (角川文庫)

離愁 (角川文庫)

 人との交わりを持たず、冷たい印象を残して死んでいった叔母。彼女の過去は、ゾルゲ事件という昭和史の闇に呑み込まれていた…
 オビに「大人のための純愛小説」と銘打っている通り、一人の女性が男を愛し抜いた記録なのだが、それにどこまで共感できるかは読み手自身の経験によるのだろう。その点、幼い僕は話に乗りきれなかったが、作中描かれる昭和の空気が非常にリアルで、それだけでも価値がある。評価★★★☆☆

クリスマス黙示録 (新潮文庫)

クリスマス黙示録 (新潮文庫)

 アメリカによる日本叩きが激しかった90年代初頭、日本人の若い女性がアメリカ人の男子をひき殺した。警察官である母親は息子の死の復讐を誓い姿を消す。日系のFBI捜査官であるタミは、日本人女性のガードを命じられたのだが…
 鬼と化した母親の執念が次々と死人を生む。捜査官たちは翻弄される。日米間のギクシャクした雰囲気、FBIという組織の弱点、愛を全うできない女たちの人生を背景に繰り広げられる、スリリングな物語。特にラストシーンは母親とタミの荒い息づかいが聞こえてくるようで、震える手でページをめくった。

「メリー・クリスマス」
「わたしはその挨拶は当日にしか言わないことにしている」
「でしたら、グッナイト、キリップさん」
「グッナイト、スギムラ捜査官」

 作中、捜査官たちの人柄が描きこまれていて、最後まで読むとニヤッとする一節だ。
 この時期オススメの傑作サスペンス! 絶版なので頑張って探して下さい。評価★★★★☆

12月10日の『海賊モア船長の遍歴』の項もあわせてご覧下さい。