恋って苦しいんだよね

 今日はいつにもまして、恥ずかしいことを書きます。

恋って苦しいんだよね

恋って苦しいんだよね

 この本には26編の小説が収められている。1編あたり10ページ程度と短い話の主人公は、多くが中年であり、片時も焼酎を手放さず、優しい奥さんをもつ(ただ、奥さんの過去には何かあったらしい)。著者である永沢さん自身をモデルにしているのだろう。そして、彼は恋や病気といったトラブルに巻き込まれ、短編の終わりで少し不幸せになってしまう。

 著者は長年ライターとして活躍しただけあって言葉は巧みだが、いわゆる短編小説として完成されているかと問われると、頷けない。誰彼かまわずつかまえて「最高の小説なのでぜひ読んでください」とはいえない。
 ただ、読んでいて懐かしさを憶えた。僕はまだ25歳だし、結婚もしていないので、未来を懐かしいと思うのも妙だが…。
 もしかしたら、どこで植えつけられたのか分からないけど、憧れなのかもしれない。中年で、酒びたりで、優しい奥さんがいて、ちょっと不幸な生活。

 幸せになると、ものを考え(られ)なくなる。ある先輩にあとで指摘されたのだけど、自分に満足しきっている時期に書いた文章は、とても読めなかったという。そしてものを考え(られ)ないことは、怖い。
 もっともこの考えを推し進めると、不幸せなことが幸せという倒錯にはまるし、結婚には抵抗あるが離婚には抵抗ないなんていいかねないが、それはバランスの問題である。あまり強烈な不幸(戦争とか大地震とか殺人とか)にあたると、人は大きな言葉、政治的な問題に逃げてしまうので、自分のことを省みるには少し不幸せなくらいがいい。

 この本に収められた小説の居心地がいいのは、少し不幸せなポジションにある主人公たちが、ほどほどの感傷に酔いながらも、そんな自分や現実を突き放しているからだ。
 たとえば、血尿が出たときの描写。
 白い便器が見る見る、鮮やかなワインのロゼ色に染まりだしたのである。
 ただ小便を放出したつもりなのに、この液体はなんだ! 血尿という言葉が頭をよぎり、高校時代の体育教師の言葉を思い出した。
箱根駅伝を走り終えたときは、血の小便が出たもんだ」

 そして眠ってる奥さんを起こして訴えるのだが、その返事が
「血尿? ふーん。明日、病院に行きましょう。だから早く寝なさい」(「スキップしながら宇宙をわたって」)
 初めての体験でパニックになりながらも、どこか投げやりで、諦めた自分がいる。人生に逆らおうとしない。そんな境遇を、鼻で笑うだけだ。

 こういうところに共感するような人たちは、残念ながら、あまり幸せになれないだろう。
 パートナーが今いるいないに関わらず、恋を楽しいものと思えない、つい苦しい恋をしてしまう人にだけ必要な小説である。必要な人だけ読んでください、としか僕には言えない。