誰にも頼まれていないのに上海ブックガイド

 というわけで、上海ブックガイドの続きです。
 こんなに読んでえらいなー、と誰も褒めてくれないので自讃してみる。

 教科書によく載っている「ギヤマンビードロ」など、長崎で被爆した体験の語り部である小説家・林京子が、三井物産社員の娘として幼時を過ごした上海の日々をあざやかな連作小説にした『ミッシェルの口紅』、敗戦後日本に帰国してから36年ぶりに中国を再訪したときの旅行記『上海』の2冊が収められている。

 私が思う川は河で、どっぷり流れる黄浦江だった。せせらぎの繊細さはなかった。舟べりをあわせた一方の舟尻で排便をし、並んだ一方の舟尻で、米を洗う。汚ない、といえば、米を洗う水と、便を運ぶ水が混り合うのは、ずーっと先だ。だからちっとも汚なくない、と彼らはいう。私は、この風土と生活感覚をみて育った。(「出発まで」)

 上海を故郷とする林京子にとって、中国人は外人でなくただの隣人であり、日本と中国の両国が戦争しているにもかかわらず、路地では不思議な友情関係が成立している。それは林家の両親から受け継がれたもので、林京子の母親は中国人の家にピストルを持って脅迫に来た日本人を前に「悲しいです。あなたの気持ちが恥ずかしいのです」と言い切る。そんな時代の空気を丁寧な筆致で描いた一冊。評価★★★★★

上海発! 新・中国的流儀70 (講談社+α文庫)

上海発! 新・中国的流儀70 (講談社+α文庫)

 「村上春樹の恋人が小説を出した」とか「上海でもケチな名古屋人が嫌われている」とかいった、軽いタッチの風俗コラムをまとめた一冊。連載していたのが日刊ゲンダイなので、肩ひじ張らずに読める。なにより、こういった本にありがちな「中国はなんて遅れた国なんだ(それに比べて日本はなんて快適なんだろう)」というみっともない優越感がなくて、中国人の社交能力やバイタリティを認めた上で、日本人がそんな彼らとつき合うにはどうしたらいいかといった視点で書かれているところがいい。評価★★★★☆

魔都上海―日本知識人の「近代」体験 (講談社選書メチエ)

魔都上海―日本知識人の「近代」体験 (講談社選書メチエ)

 日本人にとって上海がどういう意味を持つ街だったのかを解きあかす研究書。高杉晋作ら幕末の志士にとって上海は、「その繁華の光景に一驚を喫した」(伊藤博文)というように、一番身近な西洋として憧れの土地だった。それが日本の目覚ましい近代化に伴って、息苦しい大日本帝国からの逃亡先となり、仕舞いには食い詰め物が行く街や単に観光で行く街に変貌していく様を描いている。評価★★★☆☆

 かつて上海に、一高などと並ぶ日本の名門校「上海東亜同文書院」が存在した。日本の敗戦とともに役割を負え、内外からは「日本の中国侵略の出先機関」といわれることもあるが、その本質は「日中の共存共栄」を実現するための人材育成にあった。
 教室で「日中の共存共栄」を教えられ、しかし戦争中は中国に対する侵略に荷担せざるを得なかった挫折を、卒業生たちがどう乗り越えていったのか。彼らの生き方は様々だが、共通しているのは日本人と中国人の考え方の違いを認めた上で行動していること、そして日本と中国が友好的な関係にならない限りお互いにマイナスであること。
「もし日中戦争に対する賠償を求められていたら、戦後の日本の経済復興は望めなかった」「中国人は観念的なものでは腹はふくれないと考える」「万里の長城というのは、中国人にとってみれば、中国民族が力を合わせれば、あれだけ偉大な物を作れるんだという、心の拠り所だと思うんだ」「中国とのつき合いを大切にすることは、結果的に日本とアメリカの関係もよくする」
 その人の性格、仕事、立場によって中国の見方はバラバラだが、それをまとめてどう取るかは読み手次第。重厚な読み応えの一冊。評価★★★★☆


 そもそも、ぼくが上海に行こうと思ったきっかけはこの特集でした。

東京人 2006年 11月号 [雑誌]

東京人 2006年 11月号 [雑誌]

 読んでつまらなくて挫折したのは次の2冊。

上海 (PHP新書)

上海 (PHP新書)

なんで上海と関係ないことをだらだら書くの? 学者にありがちな「俺はこんなに知ってるんだゾー」病の患者さん。物事を整理して伝える頭のよさが欠けているんじゃないか。
上海ベイビー (文春文庫)

上海ベイビー (文春文庫)

村上春樹のかったるい部分を凝縮して読んでる感じ。まぁ、俺はどう考えても想定読者じゃないから仕方ないのだが。

 それから、上海だけでなく、いまの中国を知るためには次の2冊がオススメ。

街場の中国論

街場の中国論

常識的に中国を考えることがいまどれだけ難しいか。評価★★★★★
中国のいまがわかる本 (岩波ジュニア新書)

中国のいまがわかる本 (岩波ジュニア新書)

日中関係に関する基礎知識はこの本で。評価★★★★☆