ソウルの予習問題

 きっかけは、昨秋手に取った一冊の本だった。

都市伝説 ソウル大改造

都市伝説 ソウル大改造

 元ソウル市長で韓国大統領候補(当時)だった李明博氏による、首都改造計画の回想録。都心部を流れドブ川と化していた清渓川、その上を通る高速道路を取り壊し、その脇にあふれる露天商を移動させ、せせらぎを甦らせたという。しかも、わずか1年の準備と2年の工事で。
 政治でも経済でも、日本は韓国の先を行っていると思っていた。そんな根拠のない自信が崩れた。
「都心であるほど、たくさんの人が出歩いてしかるべきだ。都市に暮らす人たちに最も必要なのは歩いて考える時間である。橋は人にそうした時間を与えてくれる。」
 こう語れるリーダーが今の日本にいるだろうか。さらに、計画を合理的に進め、瞬く間に実現させることの出来るトップはいるだろうか。僕は悔しかった。そして、一度復元された清渓川を目にしたいと思った。評価★★★★☆

新装版ソウルの練習問題 (集英社文庫)

新装版ソウルの練習問題 (集英社文庫)

 僕の師である関川夏央氏のデビュー作にして、韓国社会のフィールドワークとして一時代を画したルポ。大学3年で初めて読んだときは、ソウルという街や人の面白さ、現地女性との遅々として進んでいく恋愛物語、そして韓国を鑑にして日本の姿を浮かび上がらせる手法が印象に残ったのだが、久々に読み返すと違うことに気がつく。
 一つは時代の違い、この本が書かれたのは81年からの2年間だから、ちょうど僕が生まれたころだ。民主化される前なので、軍隊が大きな顔をしている。また日本人にとって韓国は買春のために行く場所であり、韓国人にとって日本は旅するどころか依然として敵国だった。四半世紀後、若い女の子にソウル旅行が人気ですよといったら、当時の日本人にせよ韓国人にせよ大いに驚いたことだろう。
 もう一つは著者の年齢、当時の関川先生は30歳を過ぎたばかりの青年である。今の僕とそう年は変わらない。夜の街で軍に連行され、事情聴取を受けたときの一コマ。
 「なんで、こんなところをひとりで歩くの? 日本人なのに」
 「なぜっておもしろいですね。ひとり、好きですね。友だちいないですね。」
 異国を旅する不安と、それを乗り越えようとするユーモア。当時の先生に、今の自分を重ね合わせる。とても不思議な感覚だ。★★★★★

韓国現代史 (岩波新書)

韓国現代史 (岩波新書)

 旅の予習として韓国映画をいくつか見たのだが、ドラマチックな物語の背景には、激動の韓国現代史がある。「シルミド」という軍隊映画は、1971年に起きた北朝鮮工作員による韓国大統領暗殺未遂事件の復讐として計画された韓国政府による金日成暗殺計画をベースにしたものだし、日本でもヒットした「JSA」は分断された民族の哀しみを描いた作品である。また、「大統領の理髪師」という市井の人がちょっとした間違いから政治に巻き込まれていく様を描いた名画だが、クライマックスに79年の朴大統領殺害事件がくる。
 日本の戦後史をベースに映画を作ったとして、他国の人の心を揺さぶる映画が作れるだろうかと問われると甚だ自信がない。もっともそれが国民にとって不幸なのか幸福なのかは難しいところだが。
 この本には、第二次大戦後の韓国の現代史が簡潔にまとめられている。日本の敗戦を迎えて、天からふってきたような自由に戸惑う人々、体勢を立て直そうとしたらでアメリカ・ソ連の対立から朝鮮戦争が勃発、軍事政権による独裁と虐殺、日本がアメリカに守られて比較的安定した成長を続けていたすぐ隣で、こんな波乱に満ちた道のりを歩んでいたとは想像を絶する。歴史を学ぶ喜びを再認識することができたた。日本の大学闘争なんて、これと比べたらママゴトみたいなものじゃないですか。★★★☆☆

 その他、ドロナワ・システムで読んだのが次の本。
ソウルの風景―記憶と変貌 (岩波新書)最近のソウルを漫然と語った印象。評価★★★☆☆
韓国発! 日本へのまなざし 好きになってはいけない国。 (文春文庫)「日本人を好きか嫌いか」ばっかり聞いて回らなくてもいいのに。評価★★☆☆☆
東京からきたナグネ―韓国的80年代誌 (ちくま文庫)『練習問題』とセットで。評価★★★★☆
ぼくのソウル白書 (徳間文庫)肩の力が抜けた、普段着のソウルエッセイ。評価★★★☆☆

 にわか仕込みの韓国語が通じるかどうか…通じないだろうな、きっと。
 山ほど不安を抱えたまま、木曜からソウルへ行ってきます。