トウキョウソナタ

 恵比寿ガーデンシネマ、朝9時45分。
 朝一番の映画館は空気が違う。休みの昼の祝祭的な雰囲気も、夜の華麗なムードもなく、上映を待つ人々は手元の本や新聞に目を通し、求道的である。真の映画好きが集まっているのだろう。眠りから覚めたスクリーンも心なしか緊張しているようだ。


 黒沢清監督「トウキョウソナタ」 http://tokyosonata.com/
 父のリストラをきっかけに家族が崩壊するという、ありふれた物語である。だが、ありふれた物語にもかかわらず、上映のあいだずっと背中に刃を当てられているようだった。
 重苦しい物語に挟み込まれる笑い。たとえば父のリストラ仲間は、いつまでたっても仕事用の携帯電話を手放せない。その様子を僕らは笑うが、それは人間の滑稽さに根ざした、本質的なものである。笑いながら、泣いてしまうような。
 練られた脚本だけではない、映像もまた美しかった。たとえば母親役の小泉今日子が、とうとう家から脱けだして砂浜で迎えた夜。波に飲まれるかどうかという際どいところで海水に横たわる姿の美しさに、息をのまずにはいられないだろう。
 そして俳優陣の演技。再就職の面接で若造に否定され、廃材相手に棒を振り回す父親役の香川照之。ソファに横たわり、放心した様子ですっと腕を伸ばして「誰か私を引っ張って」とつぶやく小泉今日子。映画の力をまざまざと見せつけられた。


 家族というのは厄介なものだ。話し合えばわかり合えるわけではない。離婚すれば解決するものでもない。ただ、それでも僕らは家族を必要とする。
 この映画は、家族が、どこまで家族であることに耐えられるのか、という問いに真正面から取り組んでいる。今年の邦画で「おくりびと」が陽の傑作だとすれば、これが陰の傑作になるだろう。
 朝イチで見るには少し重すぎる作品だったかもしれない。青空のガーデンプレイスに出ると、どこか違う国に来たみたいだった。評価★★★★★