満州まぼろし旅行 その1

 僕ら日本人にはクラシックホテルへのあこがれがある。
 御茶ノ水山の上ホテルや日光の金谷ホテルなど、建物は若干古びているもののそれも時代を経た気品と思えば魅力的で、スタッフのサービスは往年と変わらず超一流。宿泊客にもそれなりの品格が求められる、ちょっと神聖な場所。
 中国東北(いわゆる満州)の旅は相変わらずの貧乏旅行だったけど、大連で過ごす最後の晩くらいは贅沢することにして、1914年満鉄が建てたヤマトホテル、現在の大連賓館を予約したのだった。


 どこへ行っても旅はままならないもので、一勝二敗くらいでちょうどいいのだけど、中国の場合は一勝十敗くらいを覚悟しておいた方がいい。
 ロビーの荘厳さこそ当時の雰囲気を残しているが、フロントの日本語は怪しいものだし、英語は通じない。部屋の設備はレトロではなく古いだけで、特に電話やテレビといった家電系統に安物を使っているため、建物の古さと妙な相乗効果を発揮して貧乏ホテルといった風情である。夜、ロビーに佇んでいると、2階の日本式カラオケクラブから漏れるおっさんの下手な歌声が響きわたり、泣きたくなった。
 まぼろし満州国を代表する宿として、かつては政財界、そして芸能界で一流の人々が泊まった宿の末路である。そもそも今では三つ星(最高は五つ星)ホテルに過ぎない。お金のある中国人は最近目立つ高層の外資系ホテル(一泊1〜2万円)に泊まるし、金がなくたって増殖中のビジネスホテル・チェーン(一泊2〜3千円)が頼りになる。北京で「中安之家」、ハルビンで「錦江之星」に泊まったが、サービスも設備も朝食も良質だった。すると、こんな中途半端な価格帯(一泊5千円ほど)のボロ旅館に泊まるのは、満州にノスタルジーを感じようとする日本人だけで、どうしても客種が劣る。まあ僕もその一人なんですがね。そしてホテルは生き物だから、宿泊客に活気がないと、オーラを失ってしまう。

 翌朝、当時のものを陳列した部屋に案内してもらった。
 よく磨きこまれた銀の食器などを眺めていると、ホテルに誇りのあった時代が偲ばれる。それから落ちぶれて現在の有様、営業を続けているのは中国による日本人への見せしめではないかと思ってしまうほどだ。別れた女の無様な姿を見せつけられるようで、ひと思いに壊してほしいと思った。