マレー半島きたみなみ その2

 その晩はガイドブック曰く「車で1時間ほど離れた」タンピンという街の駅から、夜行列車に乗らねばならない。港町は闇に包まれ時刻は午後8時。まずは町外れにある長距離バスターミナルまで17番の市バスで戻らねばならないのだが、バス停が存在しないので乗り場がわからない。見かねたらしく、日焼けしたトライショー漕ぎのおじさんが「ここに止まる」と案内してくれた上、「木の下で鳥の糞に狙われるから、もっとこっちで待ってるように」と手を引いてくれた。バスが来たのでお礼をしたところ「その代わりマラッカが世界一の街だと、日本の友達に案内してくれ」と握手。おじさん、ちゃんと書いたよ!


 長距離ターミナルに着いたのが8時45分ごろ、最終のタンピン行きは9時だというのだが、時間になっても来ない。ほとんどのバスは終わってしまったようで、建物はがらんとしている。異国の街外れで、ポツンと取り残される心細さを何に喩えたらいいだろう。9時10分頃それらしきバスが来たのだけど、運転手は無情にも電気を切って消えてしまった。再び待ち人来たらずの心境で耐えていると、運ちゃんは9時40分頃戻ってきて数人の客を乗せ、ようやく出発した。ここで快哉を叫んだのだが、まだ早かった。

 実にボロいバスで、せっかく出発したのに10分ほどでシェル石油のスタンドに入ってしまう。脇の蓋をあけてオイルの残量を棒でチェックしていたと思ったら、座席下からペットボトルを取り出して注ぎ込んでいるのに驚愕した。それでいて平気でタバコを吸っていたのだから恐ろしい。(ちなみにペットボトルでなにやら補給するのはバスの得意技で、同じ朝乗った高速バスもエンストすると水を注ぎ込んでいた。クルマなんて実に単純な構造で出来ているものだと思う。)

 マレーシアの高速道路はよく整備されている(物流のメインは道路輸送なのだろう)し、首都クアラルンプール周辺を除けば鉄道よりバスが便利だけど、難しいのは降りるタイミングである。LED電光掲示はおろかテープによるアナウンスもないので、運転手に繰り返し伝えておかないとあらぬ所へ連れて行かれる。(イポーという街で油断して降りそびれ、街外れに連れて行かれた。運転手は親切で、タクシーを止めて駅まで送り返してくれたので助かったが…)ひたすら道路標識に目を凝らし、タンピンらしき街に入ったところで「ステーション?」と聞いていたら、踏み切りでドアを開け線路の向こうを指差す。暗い道を5分ほど歩き、やっと駅に到着した時には涙した。


 旅は、現地の人たちの好意なしには成り立たない。それに気づけないくらいなら、旅に出る意味なんてない。