マレー半島きたみなみ その1

 もうすぐ引退してしまう旧型スカイライナーで上野に戻ってきて、銀座線に乗り換えるとゾッとした。みんな同じような顔をしていて、気持ち悪い。もちろん僕だって典型的な大和民族顔だし、一日もすれば慣れたのだが、マレーシアやシンガポールのような多民族国家から戻ると肌の色、骨格からファッションまで、人々の間に違いのない世界が不思議に思える。

 バンコクからの夜行列車でマレー半島を17時間南下し、午前8時ごろタイ=マレーシア国境のパダン・ブサール駅に到着すると、ベッドメイキングを担当していたおっさんが「ボーダー、ボーダー」と叫びながら、乗客の追い出しにかかった。土建屋の事務所のような建物で出入国手続きを終えて車両に戻ると、それまでは日本人の顔をちょっと濃くしたようなタイ人が主流だったのに、だいぶ民族のバラエティが豊かになっていた。イスラム教徒らしくスカーフで頭を包んだマレー人の女性グループ、いきなり中国語で話しかけてきた華人一家、髭の見事なインド系男性、相席もころころ変わる。思えば世界12か国目にして始めてのイスラム圏入りだが、これだけ民族が多様だと緊張も続かない。暑いのに上から下まで布で包んだマレー女性の忍耐力に感心しながら眺めていると、隠されていることが逆に欲情を刺激するようで、ここに記すのも恥ずかしいような想像が進むのだった。


 それはさておき、あくまで観光客としての断片的で身勝手な印象を述べれば、マレーシア人はとても親切である。たとえばペナン島対岸バターワースのバスターミナルで切符片手にきょろきょろしていると、次々声をかけられた。これがベトナムだとぼったくり度百パーセントの客引きなのでお金がらみで声をかける人を信じてはいけない(そのかわり彼らの人懐っこさ愛らしさはすばらしい)し、はにかみ屋のタイ人だとそもそも声をかけてこない。余談だがタイ人の気質は報道されている反政府運動から想像できないほど穏やかで、タクシーの運転手が一方通行の道を逆走したときにもクラクション一つ鳴らさなかったぐらいだ。


 世界遺産の港町マラッカで定番の観光は、たくさんの花でデコレーションされたトライショー(人力車みたいなもの)に乗って街を回ることだ。旧市街の中心・オランダ広場で市バスを降りると、トライショー漕ぎがワッと声をかけてくる。ほかの国だと価格交渉から始めなくてはならないので面倒だけど、マラッカでは1時間40リンギット(1200円ほど)という公定価格が定められているのでありがたい。

 僕が乗ったトライショーの主は李さん、中国系移民の男性と地元のマレー系女性が築いたババ・ニョニャといわれる家族の末裔だという。「いくつに見える?」と聞くので、「40〜45くらいかな」と答えたら、なんと今年60歳とのこと。面白いのはマレーシア人にとって隣国インドネシア人はジョークの対象で「フェリーでここから数時間かければインドネシアに渡れるんだけど、あいつらは金をむしりとるから、財布が空になっちゃう」そうだ。


 李さんのガイドは楽しく、お土産屋のセンスもよく、その後入ったマッサージ屋も、ババ・ニョニャの料理店も当たりで、長い旅で学んだ「旅は2勝3敗くらいが標準」「幸運が続く時は危ない」という経験則がアラームを鳴らす。