NY訪問記(2) 味オンチは僕かあなたか

 アメリカ人の味オンチ、といわれる。そこで「いや、でも実はね…」とひっくり返すような店を探すのが旅人であり、それを披露するのが物書きの務めであろう。
 だが申し訳ないことに、僕は偉大なるアメリカ食文化を前に、為す術もなかった。はっきり言う。「アメリカの飯は口に合わない!」

 荷物を置いて、宿のオーナーに「このあたりにレストランはあるか」と聞くと、少し離れたところにバーガーキングがあるという。香川の讃岐うどんにしても、札幌のジンギスカンにしても、本場物はそれなりに美味しい。ハンバーガーといえばアメリカの国民食。だからうまいはずと淡い期待を抱いて、注文したチーズバーガーの脂っこいこと。しかもセットでついてきたポテトが「これは何人分だ?」と疑いたくなるほどの量である。

 翌晩は近くのダイナースというファミリーレストランに行った。前述したメガネ事件のあとでかなり疲れていたし、メニューをみても何が書いてあるのか分からないので、ウェイトレスに「何がおすすめですか」と聞いた。
 たぶん高校生で愛想がよくてちょっとムッチリ系で、店の人気者だろうその娘は、しばらく思案してから言った。
「チーズバーガーなんてどうかしら?」
 ハンバーグじゃなくてハンバーガーなんだ、へぇ、なんて思っていたら、出てきたのは皿に盛られた大きなパンと大きな肉片と大きなピクルスと大きなトマトと大きなレタスと、そして大盛りのポテト。はたしてこの具をパンに挟んで食べろというのか? でも、いくらパンが大きいとはいえ、それに挟みきれる具の量ではない。ぜったい食べ方違うよな、と思いながら肉片を切っては食べ、トマトを切っては食べ、胃に押し込もうとしたが半分も入らない。
 ムッチリ娘が時々席にきて「どう、おいしい?」なんて聞くのだからこちらも必死である。頭の中で「負けないで」とか「どんなときも」とかそんな曲ばかり流れている。でも、消化率60%ぐらいでこれ以上は我が消化器系決壊の恐れありと断念。会計を頼んだ。
「おいしかった?」
「うん、おいしかったよ。でも、日本人の胃は小さいんだ。ごめんね」

 ファストフード店では"1 slice of pizza"なんてメニューがあって、ちょっとお腹がすいたので注文したら、ステーキみたいな分厚いピザが出てきて驚いた。フォークとナイフがついていて、周りを見ると切っては食べ切っては食べしている。夕食までのつなぎにするつもりだったのに、それだけで夕食を食べる気がしなくなった。
 悲しい話はまだある。2日目の朝ご飯をウォール街のデリで食べようと思って、クロワッサンとコーヒーという超簡単なメニューを注文しようとしたのに言葉が通じない。なんとか伝わってやれやれと思ったら、袋に詰め始めるではないか。
 持ち帰りを頼むときは"to go"と言えばいい。でも、「ここで食べたい」はなんて言えばいいんだ? 悩んでいると袋を手渡され、店を出た。
 外は冷たい秋の雨。せめて晴れていればそこらのベンチで座って食べられるのに…と天を恨みながら、バッテリー公園で傘を差し立ちながらクロワッサンを食べた。冷たい雨に濡れながら飲むコーヒーは温かかったが、これもちと量が多すぎた。

 ウォーター通りにカジュアルなイタリアン・デリを見つけて入った。トマトソースのパスタとガーリックパン、そしてスプライト缶がついて7ドルほど。どうってことのない味なのだが、成田を発って数十時間、たどり着いた「ふつうの食事」に、ああ、イタリアってすばらしい!と感動したのであった。

 アメリカでまともな食べ物にありつくコツは、アメリカ人の舌を信用しないことだ。コロンバス街のインド人屋台で食べたチキンカリーも辛みが効いて美味しかった。ホットドッグもアメリカ人の屋台で買うより、他人種の屋台で買った方がうまいんじゃないかと思う。

 旅の途中から、食べ物に困ったときは、チャイナタウンに出かけた。タイムズスクエア駅から地下鉄のダウンタウン方面に乗って十分ほどするとキャナルストリート駅だ。大した手間ではない。

 チャイナタウンを歩いていると、自分が何人だか忘れてしまいそうだ。いわゆる愛国心なんて皇居のドブ堀に捨ててしまったから、実に気持ちいい。周りからはほぼ確実に中国系と思われているだろう。ニューヨークでアジア人と言ったらまずは中国系、日本人なんているのかいないのか分からないんじゃないか。女の子は服の色遣いで違いが分かると言うが、男は外見で判断できない。(そんな連中が東アジアでつまらない喧嘩をしてるんだから、周りからみたら笑っちゃうよ。)面白いのはパソコンやゲームショップにいるアジア系オタクの服装で、ぼさぼさの髪に銀縁のメガネをかけ、着ているのはよれよれのチェック柄シャツ、ダサいリュックを肩に半がけしている様子は、秋葉原の連中と変わらない。オタクはアジア共通だと感動した。

 入る店を決めたら、「你好」と元気よく挨拶。相手はちょっと混乱する。アジア系の顔をしているけど、中国語の発音が変だ。こいつは何者? ニヤッとしながら席につく。
 メニューだって英語だけ、あるいは中国語だけだったら分からないけど、「蝦仁炒飯 Baby Shirimp Fried Rice」って書いてあれば、だいたい見当つくわけだ。久しぶりに食べた米飯の美味しかったこと!
 思わず店員に「僕は日本からきた旅行者だが、中華料理は世界で一番うまい!」といったら、奥から取り出したメニューを僕に手渡し、「おおそうか、ありがとう。また来てくれ」