思えば福岡へ来たもんだ 博多

 博多−−−
 サラリーマンを対象にした「転勤したい町」「出張したい町」調査では、札幌や仙台と並んで必ず上位に入る都市なのだが、じゃあ町で何をしたいのかと聞かれても、たとえば札幌の時計台のような観光スポットが浮かんでこない。仕方ないので、駅前から順番に書店を渡り歩く。出張でもないのに何やってるんだ俺は。
 途中、キャナルシティにあるラーメンのテーマパークで「だるま」という店の豚骨ラーメンを食べる。ラーメンといえば札幌喜多方で育てられた自分は、今まで細い麺に偏見を持っていたのだが、コクのあるスープと細麺がよく合うので驚いた。もっとも、脂っこいものが好きではないので、これ一食で十分である。
 面白かったのが、中心部にある天神地下街。ふつう地下街というと、地下=暗いというイメージを払拭しようとして蛍光灯の煌々と連なった白く明るい通りにしてしまうのだが、ここ天神の地下街は黒をベースにしている。装飾はアールデコ調でまとめられていて、高級感ある大人の街という感じだ。

 天神から路線バスに乗って、少し離れた赤坂という町に行く。ケヤキの並木が連なるお洒落な通りに、雑誌や業界紙で絶賛されている書店「ブックスキューブリック」があった。
 中はわずか十数坪、それでも本好きにはたまらないお店だ。いつも旅先で書店さんにお邪魔するときは、平台を見てしまえばおおよその傾向がつかめるのだが、このお店は棚に入っている本一冊一冊と会話してしまうので、とにかく時間がかかる。でも、それはぜいたくでうれしい時間の使い方だ。まるで僕が好きな青山ブックセンター本店さんの上澄みをすくったような品揃えで、このお店の裏に住んで生活できたらどんなに幸せだろう。誰かに養ってもらえるなら会社辞めてもいいな。

 旅先なのでハードカバーを買えない(買ってもいいけど、あとが大変なので)ことを恨みつつ、それでも文庫本を三冊も買って、いい気持ちで博多駅前に戻ってきた。ビジネスホテルはどこも満室で、今日の宿泊地はカプセルホテルなのだが、予約したのが「個室カプセル」という不思議なスタイルである。実際入ってみると、個室とはいってもカーテンで仕切られただけなのだが、それでも荷物を入れるロッカーはあるし、書き物ができる机もある。上の階には大浴場もあって、これで4200円だから、まあいいところだろう。
 歩き疲れて、しかも重いリュックを背負っていたものだから、足も腰も肩も限界である。ただでさえ近ごろ肩こりがひどくて、「肩あがんねぇ」とうめいてたら後輩が「四十肩じゃないですかくくく」というのでぶっ飛ばしたばかりである。ネットの書き込みに「このホテルのマッサージがオススメ」と書かれていたので、50分の全身マッサージを頼むことにした。実はマッサージ、生まれて初めてです。
 予約は9時半から取れたので、風呂に入って一眠りしてから、マッサージ室に向かう。ちょうど先客が一人いて、その客にはおばさんがついたのだが、僕には佐藤さんという若い女の子がついてくれた。マッサージといっても頭から足の裏までツボ押しが中心で、特に慢性的に凝っている肩や腰のあたりを押されると悲鳴を上げそうになった。
 「お兄さん若いのに凝ってるね」若い娘に揉まれる博多の夜よ……お粗末。

 とにかく風呂とマッサージで元気を回復したので、博多名物の屋台に出陣する。
 地下鉄の中洲川端駅で降り、ガイドブックにしたがって川端公園のそばに行くと、五、六軒の屋台が並んでいた。席が空いていた「あや」というおでん屋に入る。老夫婦二人でやっているらしく、今晩はちょうど息子(とはいえ35歳くらいで、子どもも3人いるという)も遊びに来ていた。最初はよそ者なので黙っていたのだが、博多の人はやさしくて「お兄ちゃん、どこから来たの」「どこ遊びに行った」「結婚はしてるの」など博多弁でいろいろ聞いてくれる。
 唯一、野球の話になって、
「お兄ちゃん、どこのチーム応援してるの」
「あのー、千葉出身なので…」
 といったときには場が凍り付いたが、皆さんおおむねオープンな性格みたいだ。
 おでん(厚揚、こんにゃく、ちくわ)、昆布うどん、芋焼酎のお湯割り4杯で2000円かからず。もし近所に住んでいたら、入り浸ること確実である。
 ほろ酔い加減でホテルに戻る途中の夜風が心地よかった。博多、いい街です。