たかが香港 その2

 香港の街中をあてもなく彷徨っていると、露店の多さに驚かされる。有名どころでは雑貨を扱った廟街や女人街のナイトマーケットにはじまり、洋服や小物を扱った花園街、古いガラクタを扱ったキャット・ストリート、生鮮食料品を扱った青空市場、クズやボロを売っているとしか思えない店まで、中心部を10分も歩けば何かしらの露店街にぶつかるだろう。
 東アジアのいろんな街をみてきたが、東京には露店が存在しないし、ソウルや上海は露店がないわけではないが、「街」と呼べるほどではない。台北の夜市は規模こそ大きいが、食べ物が中心だ。小売りの露店街がこれほど多い街はほかにないと思う。


 露店ではないが、宝飾品を扱うヒスイ市や、園芸店が並ぶ花墟街、小鳥を扱う店が並ぶバード・マーケット、さらに乾物や漢方薬、仏壇、印鑑を扱う店が並ぶ通りもあるし、魚や肉を扱う中規模の屋内市場ならあちこちにある。唯一見あたらなかったのが神保町のような書店・古書店街くらいで、香港が買い物天国というのは間違いない。

 ただ、旅行者がこれらの市を見て回っても、今いち気合いが入らないのではないかと思う。もちろん何軒かのぞく分には面白いかもしれない。僕は小鳥を愛でる趣味など持ち合わせてはいないが、バード・マーケットで呆れるほどの数と種類の小鳥たちを眺めれば、「世の中にはいろんな趣味があるのだなぁ」と感心する。だが、ただそれだけなのだ。
 買い物というのは生活必需品であれ趣味であれ、必要に迫られて店を回るから面白いのだ。旅行者はその街で生活するわけではないから、野菜や洋服を買う必要はないし、盆栽や仏壇は持ち帰るのが大変だろう。


 すると旅行者にとって優先される買い物とは、お土産である。ガイドブックをひもとけば、ナイト・マーケットで値引き交渉をしながらお土産をまとめ買いしよう、なんて書かれている。
 実際ナイト・マーケットの品物は安い。安い上に交渉次第では半額になる。ただお土産の第一条件とは「いつも世話になっている人に感謝の気持ちを伝えること」である以上、あんまり安いものでも困るのだ。学生時代ならまだしも、いい年した社会人が麻雀牌をかたどったライター(50円相当)をお土産にしたら、間違いなく嫌味をいわれるだろう。


 香港らしいもの、相手に喜んでもらえるもの、と考えると、ガラクタばかりの露店でお土産を選ぶのは甚だ困難である。じゃあどこへ行くかというと、空港のショッピングモールとか、ペニンシュラホテルのスーベニアコーナーである。そして値段は、当然高い。


 日本ではなか卯の親子丼(好物です)にしてもユニクロのフリースにしても「安くていいもの」を選んで生活することができるが、香港は違う。「安いものは悪いもの」「いいものは高い」ということが徹底されている。資本主義の原理にきわめて忠実だと言えよう。この街ではお金があったらあっただけ、いい生活が送れるのだ。


 旅行者にもその原則は適用される。たとえばホテルにしても、前述のペニンシュラは一泊で5万2千円するらしい。もちろん東京でも帝国ホテルとか5つ星ホテルに泊まればそれくらいするのだろう。ただ、日本なら、その下にシティホテル、ビジネスホテルと続いて、ホテル選びさえきちんとすればそれなりの満足が得られる。
 ところが、僕の泊まった漢口酒店は、ロケーションこそ地下鉄尖沙咀駅徒歩3分という絶好の場所にあるものの、ドアはボタン式(!)、風呂はトイレの個室のような場所に洗面台と便器とシャワーが一緒になっており、ベッドは畳より堅い。以上で一泊6千円である。僕は貧乏人の小倅にすぎないので寝るところにはあまり不満を言わないが、やっぱり体力的にきついですよ。フロントのおじさんは僕のへっぽこ英語&北京語を聞いてくれて親切だったけど…。


 マッサージにしても、「地球の歩き方」にあった一時間2500円ほどの店はウトウトするほどだったのに、街の呼び込みに乗って入った店は30分1000円でただ痛いだけだった。もっと安い、一時間1000円という看板も街中でみたけれど、何をされるのか想像するだけで恐ろしい。
 デザイナーズショップで買い物をすれば日本の物価より高いくらいだし、パブでビールを飲めばジョッキ一杯800円取られたりして面食らう。貧乏旅行者には辛い街です。


 そんな貧乏人の唯一の贅沢が、九龍と香港島を結ぶスターフェリーである。10分ほどの船旅だけど、朝も昼も夜も清涼剤のような景色のよさで、地下鉄で行った方が早いのに意味もなく乗ってしまった。あとで数えたら3日間で10回近く乗っていたようだ。でもこれなら1等に乗っても大丈夫。なにしろ2等運賃は22円、1等でも29円だからね。