中華の都で暮れ正月 その2

 不便な場所にある万里長城にはツアーバスで行くのが普通なのだが、偏屈という宿痾を抱える僕は鉄道で行くことにした。地下鉄西直門駅を降りると目の前にガラスで覆われたモダンな北京北駅…はあいにくまだ建設中で、脇のゴミだめのような砂利道を歩くと、掘っ立て小屋と変わらない現駅舎があった。
 上野駅にしても新宿駅にしても、できた当初は小さな駅だったことに変わりないが、一世紀以上の時間をかけて段階的に立派になった。そういった階段を二三段どころか一階分飛び越えて、新しい駅や建物を造らざるをえない、中国がもつ現代化への意欲というか強迫観念を、大変だなと思う。


 万里長城への日本語ツアーは、昼食やら明十三陵やらいろいろつくのだが、ひとりあたり1万円以上かかる。天安門広場で募集している中国人向けツアーなら2000円ほどだ。そんな中、160円程度の料金で長城最寄りの八達嶺駅まで行けるのだから安いと思うのだけど、真新しい特急和諧長城号の車内は74名定員のところ5、6名しか乗っていない。
 一時間ほどで八達嶺駅に着き、駅を出ようとすると、軍服のオヤジに「ちょっと待て」と言われた。しばらくして、リュックを背負った同年代の若者二人と駅前に止まっていた自家用車に乗せられる。「誘拐じゃないよな、でもタダでもないよな」不安になりながら長城入り口に到着し、300円のお支払い。


 山の尾根にそって蛇のようにのたうつ城壁、万里長城くらい知識のあるなしで面白さの変わる観光名所もないだろう。僕も教養のなさには定評あるが、浅田次郎の『中原の虹』に目を通しておいたので助かった。沢木耕太郎は、地図をもたずに街をさまよい、現地の人と身ぶり手ぶりでコミュニケーションするのが旅だ、というけど、それは沢木さんだからできることであって、僕のような人見知りする人間は、深夜特急に乗れやしない。
 零下十度を軽く割り、しかも冷たい風の吹き荒れる城壁においても、地元のオッサンが暇つぶししていて声をかけてきた。会話が通じないので筆談で「どっから来た?」「日本です」「中国にはどれくらい?」「3日前からです」「なるほど」最後のなるほどは、僕のへっぽこ中国語に向けられたものだろうか。それでも肩を組んで記念写真を一枚。