サイゴン日記 その2

 感心している場合ではない。迷惑だし不便なので、現地人に化けてみることにした。
 日本から白い半袖シャツにGパンとスニーカーという出で立ちで到着したのだが、どうやら熱帯でその格好は目立つらしい。というわけでぼったくりで名高いベンタイン市場に出向いて、面倒な価格交渉の末にハーフパンツとサンダルを調達。バッグは安宿に放り込んでしまい、手ぶらで普段の速度の3割程度、やる気なさそうに歩くと効果てきめん、つきまとう輩は激減した。
 それでもタバコやガムの物売り、片足をなくした物乞いは声をかけてくるのだが、「ノー、サンキュー」などとまともに答えるのではなく、物憂い目でちらり一瞥するといなくなった。
 日焼けして、髪を現地の床屋で切ってもらえば、日本人らしさはさらに薄まるだろう。
 現地人にどこまでなりきるかというのは、短期滞在者にとってちょっとしたゲームである。中国や韓国ではそもそも見分けがつかないし(逆に現地人と間違われて道を聞かれたりする)、欧米だと風貌があまりに違いすぎてゲームが成立しない。この面白さを味わえるのは、東南アジアならではである。
 たとえ一時的ではあれ現地人になりたいというのは、日本人じゃない何かになりたいという現実逃避の一種なのだろう。日本の場合、圧倒的多数が同じ民族、同じ言葉という強烈なしばりがあるので、時々息苦しくなる。だから海外で国籍を蒸発させるのが気持ちいいのだ。