美しき島、麗しきテツの旅 その4

 台湾を初めて訪れたのは、大学を出て会社に入るまえ、川は海に出る直前に流れをゆるめるが、ちょうどそんな時期であった。市の研修旅行でバンコクに行ったことはあったが、ひとりで海外に行くのは初めて。にもかかわらず十日近く滞在したのだから、勇気があったのか、よっぽど暇を持て余していたのか…
 それから5年が経ち、空港からのバスで四角い台北駅舎の前に立ったとき、懐かしさとともに、あいだに流れた時のことを思った。
  日が去り、月がゆき
  過ぎた時も
  昔の恋も 二度とまた帰って来ない

 ただ引用しただけで、そこまで叙情にひたる事情があるわけではない。


 歩いて覚えた街は体になじんでいるものだ。それは車の運転に似ていて、しばらく乗る機会がなくても、ハンドルを握れば取り戻せるあの感覚。たとえば台北駅前の忠孝西路は大通りで、向かいに渡るポイントがわかりにくいのだが、そういえばあっちの方に横断歩道があったよなと自然と足が向くのである。
 ふだん東京での生活で使う機会はないのだけど、脳に街の地図がしっかり描き込まれていて、それを再び取り出す感覚が楽しい。

 とはいえ、台北は都市圏人口が700万人近い大都会であり、地図の古びているところも多い。市民にとっては日々の変化でも、それが積もれば旅人にとって激変だったりする。
 前回の滞在で一週間泊まった安宿の南国大飯店の前に立つと、改装されてすっかり小ぎれいになっており、その名も「シティ・イン」に変わっていた。当時は一泊二千円ほどだったと思うが、今や六千円ほど、しかもシングルは満室だという。なんだか「いるかホテル」が「ドルフィンホテル」になったみたいだ。
 22歳だったころの僕は見知らぬ食堂に飛び込む勇気もなく、南国大飯店そばの弁当屋と果物の屋台を愛用していた(どちらも指さすだけで注文できる)のだが、いずれも姿を消していた。親切だったあのおばちゃんはどこへ行ったのか…。


てっきり取り壊されていると思った忠孝路の雑居ビルは健在

 今回持参したガイドブックは、5年前に使った「地球の歩き方」である。
 我ながらマメというか、地図のページにどこを歩いたかが線を引かれている。足で覚えるという旅のやり方は、何も変わっていない。
 台湾の夜といえば夜市、士林や松山が有名だけど、僕が好きなのは龍山寺の夜市である。他の夜市に比べて空いていること、日本語があまり聞こえないこと、アングラな雰囲気に満ちているところがいいのだ。さっそく店の前で蛇遣いがなにやらやっている。
 この夜市では、マッサージ屋が数多く店を開けている。ちょうど日本の床屋のような感じで、店内には10脚ほどのマッサージ椅子がずらり並んでおり、けっこう埋まっている。住民が選ぶ店なら大丈夫だろうと、その一つに入ってみた。足マッサージで40分1200円、日本語が通じる店の半額である。
 優しそうなおばちゃんが担当なのだが、しかし痛い! 観光客向けのマッサージ店は揉むというかさする程度のところも多いけど、ここは本気である。体のどこをどう押せばこんなに痛くなるのだろうと小さな叫び声を上げながら横を向くと、地元のお兄ちゃんも顔を歪めていた。おばちゃん片言で「イタキモチイイ?」
 翌日揉み返しはまったく起きなかったのだから、理に則っているのだろう。恐るべし台湾の按摩術である。