美しき島、麗しきテツの旅 その5

 台北・上海・香港・北京と、中華文化の都市を5年かけて集中的にまわり、再び台北に戻った。「中国が好きなんですか?」と問われれば、金と休みを使ってこれだけ足を運んでいるのだから嫌いではないのだろうけど、あまり楽しくもない。ただ、東アジアにおける日本の位置を考えるとき、圧倒的な引力を持つ中華とは何者で、どう距離を取っていけばいいのか、向き合わざるを得ないのだ。もちろん、短い見聞で語れることは、単なる旅行者の印象に過ぎないという留保つきで。


 これら都市を比較するにはいろんな観点があるだろうけど、いちおう得意分野(なはず)の書店を軸にしてみよう。本屋にはその土地の人びとが何を考え、何を求めているのか、頭の中身が暴露されているからだ。
 権力者がどんなに取りつくろったところで、人々は自分たちの脳味噌以上の本屋を持つことはできない。


 中国人はさすが文字の民で、北京・上海といった大陸の都市には、それぞれ王府井書店・上海書城といったメガ・ストアがあり、賑わいを見せている。彼らにとって「大きいことはいいこと」なので、圧迫を感じるほどの本の集め方だ。
 香港はあれだけ商店の多い街なのに、街の目立つところで本屋を見つけるのは難しい。看板を見つけて入ったら洋書の店だったりして、忙しい彼らには本を読む習慣がないのだろうか。


 一方、台湾を代表する書店が誠品書店である。1987年の戒厳令解除から始まった民主化の流れに乗ってチェーン展開をすすめ、今年で創業20周年、店舗は40を超える。選書センスの良さ、営業時間の長さ(敦南店などは24時間営業)、展示の巧さ、店内構成の大胆さが特徴といわれる。


 5年前には当時一番店だった敦南店を訪ねたので、今回は再開発エリアに2006年オープンした信義旗艦店へ足を運んだ。
 地下鉄の市庁舎駅から歩くこと5分。高層ビルの下層階に入っているのだが、まず1階がブティックや洒落たショップであることに驚く。駅ビルやデパートの上に書店があるのは珍しくないが、誠品は逆にあくまで書店の中のショップである。地下も同様。
 2階に上がると話題書や雑誌の売場だが、それにつなげて輸入文具やパソコン売場がある。3階は文芸書や実用書とイベントスペース(サイン会をやっていた)、4階は芸術書や音楽関連と雑貨、5階は児童書に絡めて教育玩具から子供服まで、6階はちょっと高そうなレストラン。総坪数7500坪、「生活博物館」を名乗るだけのことはあって、書店というより本を基軸にした百貨店である。これで経営が成り立つのか分からないけど、居心地いい空間で時間とお金をかけて買い物を楽しむという点では、世界の最先端だろう。


 このお店で印象に残ったのは、輸入書籍の取り扱いである。台湾で主に使われるのは中国語の繋体字だが、店内では大きなスペースを割いて、大陸で使われる中国語簡体字、英語、そして日本語の書籍が販売されている。日本語本のスペースは50坪ほどだろうか、「誠品日文書店」として、入れ子の形になっている。扱いは日販。
 大陸中国、日本、アメリカといった強力なプレイヤーたちと、うまくつき合わねばならない台湾の有様が現れているようだ。ただ決して不幸なことだと思わない。ほとんどが自語の書籍である大陸中国アメリカ、洋書といってもほとんど英語の日本と比べて、少なくとも4つの言葉で書かれた本が揃う売場こそ、本来的な意味での国際的だし、文化的だと思う。ものは中心にあるがゆえに貴からず。辺境ゆえの豊かさがあるのだ。


新都心の信義区を台北101からパチリ。誠品書店は写真上の高層ビル

 誠品書店のそばには、世界一の高さを誇る台北101があり、バカと煙は何とやら、30分待ちにも負けず喜び勇んで上ってみると、台北が山々に囲まれた都市ということがよくわかる。そして盆地の文字通り隅々まで街が広がっている。毛沢東の内戦に敗れて落ち延びた蒋介石にとって、台北などは仮寓にすぎず、発展して土地が足りなくなることなど想像しなかったのではないか。
 毛の北京と蒋の台北、どちらが巨大で伝統的かと問われればそれは北京だが、どちらが洗練され現代的かといえば台北である。二つの中華の都が対照的な姿をして共存しているのも、東アジアのおかしさであり面白さだろう。